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2017年5月12日 日本経済新聞『十字路』
『日本のバブルと中国のバブル』
融緩和政策は資産インフレの主因である。経済成長や消費者物価上昇への効果は小さいが、資産価格に対しては極めて有効である。不動産や株式の価値が押し上げられ、この値上がり分を担保に借り入れることによって、購買力が飛躍的に増加する。
1985年のプラザ合意以降、円高不安におびえた日銀による超金融緩和政策は、かつてない資産インフレをもたらした。85年から90年にかけて、わが国の土地の時価総額は、1062兆円から2479兆円に1417兆円(年平均283兆円)増加した。この5年間の国内総生産(GDP)は年平均386兆円だったが、これに株価の上昇を加えると、毎年のGDPとほぼ同額の資産価値の上昇がもたらされたのである。
これだけの富の増加があれば、国内だけでなく、海外資産に日本買いが殺到していったのは当然だ。ロックフェラーセンターの買収は一例だが、現在の中国買いは、まさにこの再現といってよい。
資産インフレの怖さは、値下がりが始まると、全てが逆回転するところにある。90年から95年にかけて、土地の時価総額は600兆円減少した。金融引き締めもあったが、担保価値の下落によって、銀行の貸し出し姿勢が厳しくなり、購買力は急速に消え、資産デフレの時代に入っていく。
中国のバブルは、この日本の何倍かの大きさだけに、これが弾けると、世界中の不動産や国際商品相場に、大きな打撃を与えることになる。中国の膨大な購買力が消えていくのだからである。
バブルが崩壊するまでの景気は、いつも好調である。だから金融の引き締めが議論されるが、本気で締めてくれば、バブル崩壊の引き金となる。日本の90年代との違いは、世界中がバブル化していることだ。このリスクを抱えたなかでは、世界的な政治不安は一段と加速していくだろう。
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2017年4月12日 日本経済新聞『十字路』
『本当に利上げできるのか』
物価上昇の主要因は、賃金と石油と家賃である。リーマン・ショック以降の10年近い異常な超金融緩和政策のゆがみからきたものだ。実態経済の好転(生産性の上昇)ではなく、国際商品相場と不動産市場における再度のバブルと労働需給の逼迫からインフレが生み出されたのである。
問題はこのインフレ的傾向の持続性である。米国の消費者物価指数の直近の伸びは、前年比2.7%だが、エネルギーと食品を除くコア指数は2.2%、エネルギー価格の上昇が0.5%ポイント貢献している。指数の30%強を占める家賃を除くコア・コアは1.3%と、家賃上昇の効果が0.9%ポイントで、賃金上昇の効果はいまだそれほど大きいものではない。基調としての物価上昇率が落ち着いているのに、インフレの加速が懸念されるのは、失業率の低下にみられる労働需給の逼迫を予想するからである。
短期的にはともかく、中長期的には、これは当てはまらない。AI化が加速してきているからである。トランプ大統領は輸入によって雇用が奪われていると主張するが、AI化、合理化による効果が圧倒的に大きいというのが現実的な見方だ。不動産市場についても、最も値上がりが大きかったニューヨークなどで値下がりが始まっている
中国の過剰投資、過剰生産の調整には、数十年単位での時間が必要なことは、日本の経験からみても明らかだが、これは素原材料への需要がこれから大きく落ち込むことを意味している。金融緩和マネーが鉄鉱石や石炭の価格を急上昇させ、在庫が記録的な高さにまで積み上がるようなことが続くはずもない。
このように見ていくと、昨年もそうだったが、米連邦準備理事会(FRB)が利上げを2回も3回もやれると考えるには無理がある。中央銀行の市場誘導的アプローチには冷静に対応すべきだろう。
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2017年3月10日 日本経済新聞『十字路』
『中国リスクとトランプリスク』
通貨の強さは経済の勢いを反映する。今世紀に入って、工業化が加速し、10%成長を遂げた人民元は大きく切り上がっていった。この中国の成長に陰りが出始めてから、人民元は急速に弱くなってきている。この通貨の強弱を決定する最大の要因は資本の流出入である。
2000年から14年央にかけて、中国の外貨準備は0.2兆ドルから4兆ドルに、3.8兆ドル増加している。累積経常黒字の2.4兆ドルに加えて、1.4兆ドルの資本流入があったからだ。14年央から16年末にかけても、経常黒字は0.7兆ドルの黒字となったが、外貨準備は1兆ドル近く減少した。資本流出が1.7兆ドルにも達した結果である。
中国経済に起こったのは、工業化の終焉(しゅうえん)である。
国内総生産(GDP)に占める第2次産業の比率が、06年の48%から15年には41%まで低下している。これに対して、第3次産業の比率は06年の41%から、15年には50%とサービス化が加速している。この過程で、輸出のGDP比は35%から19%に、経常黒字も10%から2%に急落している。
過剰設備を抱えるなかで、輸出が伸び悩み、工業生産の伸びも鈍化する。先進国の経 験では、生産性の高い製造業から低いサービス産業への移行過程で、経済全体の生産性が大きく落ちている。中国の場合、さらに問題なのは、少子高齢化の急速な進展によって、雇用の伸びが、直近では年率0.2%まで落ちてきていることだ。
こういった成長の急減速に対して、資本流出、人民元安という形で市場が反応してきたのが、14年央以降のことだ。人民元安リスクは、当分続くとみてよいが、これはトランプ政権の通商政策と真っ向から対立する展開となる。トランプ・チームの冷静な対応を望みたい。
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2017年2月10日 日本経済新聞『十字路』
『なぜ貿易赤字が問題なのか』
トランプ政権の通商チームが強調するのは貿易赤字の解消である。赤字の解消を目指すことによって、設備投資を促進し、製造業を中心とした成長率の押し上げと、生産性の上昇を図ろうというのだ。
2016年の赤字は7500億ドルと国内総生産(GDP)18.5兆ドルの4%である。赤字を4年間で解消すれば、毎年成長率を1%押し上げることができる。
それよりも重要なのは、この赤字が製造業のGDP2兆ドル強の30%超の大きさであることだ。設備能力を30%強増強し、増産しなくては赤字は解消しない。米国企業だけでなく、外国企業に対しても、米国内への投資を求めることになる。
もう一つの問題は、リーマン・ショック後の生産性上昇率の低下である。10年から15年の民間部門の生産性上昇率は0.1%と、ショック前(00年から10年)の年率1.9%から低下した。製造業で5.4%からマイナス0.3%に低下したのが主因である。
これをさらに掘り下げてみると、付加価値生産額の上昇率は1.3%から1.0%へとほぼ横ばいだが、雇用がマイナス3.9%からプラス1.3%に大きく増えている。つまり、生産性の低い産業で生産と雇用が増えたのだ。米国は、生産性の低い製造業とサービス業の拡大に支えられた、効率の悪い経済になってしまったのである。
トランプ流の関税政策はむちゃだが、共和党議会が推進する国境税を含めた税制改革は、米国に投資を呼び戻し、消費から投資へ、と経済を変えていく有効な手段となりうる。しかし、これは赤字を減らしても、雇用を増やす効果はほとんどない。AI化の下で、投資の雇用創出効果が加速度的に小さくなっているからだ。それでも製造業の強化は、米国の赤字をベースに成長してきた世界経済を大きく変えることになるだろう。
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2017年1月4日 日本経済新聞『十字路』
『米国第一主義のリスク』
米国経済の低迷の背後にあるのは、生産性上昇率の傾向的低下である。この生産性の低下をもたらしたのは、設備投資の減少だが、企業が低賃金を求めて、国内よりも新興国での投資を選んだからだ。新政権と共和党議会による供給サイドの改革が目指すのは、この投資の国内回帰である。
消費から生産(投資)へ、輸入から輸出へ、の転換をもたらす税制改革が中心となる。そのなかで、法人税率の現行35%から20%への引き下げ以上に注目されるのは、税の国境調整である。
消費税のない米国では、欧州や日本のように、輸出をしても消費税の還付を受けられず、輸入には税金がかからない。消費を優遇し、生産に冷たい。この部分の改革が衝撃的である。輸入額を経費控除させず、輸出額を売上計上せず、という形となるようだが、その場合、輸入についていえば、20%(法人税率)の関税がかかったのと同じ効果となるからだ。
当然ながら、米国での生産が刺激され、輸入が減少し、貿易赤字は急速に解消していくだろう。それでも米国経済が活力を本格的に取り戻すには十分ではない。この改革が製造業を再生することは間違いないが、経済の大半を占めるサービス産業の生産性を引き上げる処方箋にはなっていないからだ。
それよりも問題なのは、新興国を先頭にその他世界に与える負の影響である。対米輸出が減少し、経済の不況化が速まるだけではない。米国の貿易赤字の縮小とともに、ドル不足によって世界の金融が締まってくる。債務残高が伸び切っている状況で、ドル高や金融逼迫が起こると、国際金融危機は避けようがない。
米国経済が、この改革によって、活力を取り戻せたとしても、その他世界には極めて厳しい展開となる。米国第一主義の最大のリスクである。