中前国際経済研究所(Nakamae International Economic Research)

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2016 / 11 / 09  00:00

新聞掲載情報

2016年11月9日 日本経済新聞『十字路』

賃金上昇と企業収益の悪化

  賃金が上昇すると、企業収益は悪化する。高い収益力を維持するためには、賃金コストの上昇を販売価格の引上げか、生産性の上昇で吸収しなくてはならない。1980年代以降の経済が達成できなかった2つの課題である。

 米国についてみると、生産性上昇率は長期的に低下し続けたものの、実質賃金が横ばいだったために、企業は高収益を享受してきた。問題は、この高収益を設備投資にではなく、自社株買いや増配の形で株主還元に回したことだ。投資率が下がれば、生産性は上がってこない。

大統領選挙にみられた反企業的な感情の高まりの背後にあるのは、低賃金と高収益への反発である。中国をはじめとする新興国の賃金上昇と、先進国における余剰労働の縮小は、実質賃金を押し上げていくが、政治的にもこれはサポートされざるを得ない。結果的に、生産性の引き上げが企業経営にとって、最大の課題となってくる。株主に報いる最高の手段は、マネーゲーム的な企業買収ではなく、設備投資の増加による効率の高い経営である。

ここに新たな摩擦が生まれてくる。マクドナルドが最低賃金が時給15ドルになるなら、ロボット化を一気に進める、といった流れである。長期的にみると、これは避けられないことだが、短期的には多くの失業を生み出す。この失業を吸収する新たな分野をいかに早く創り出せるか、が重要だ。インフラ投資といった、旧来型の一過性の需要政策では、持続的な成長を維持できないからである。

 このような条件の下で、また新興国経済の長期的低迷が見込まれるなかでは、賃金コストの上昇を販売価格の引上げで吸収することは到底できない。デフレ的傾向は、これまでの低賃金に代わって、企業収益の低下によって吸収されて行く。金融政策破綻の背景といってよいだろう。

2016 / 10 / 12  00:00

新聞掲載情報

2016年10月12日 日本経済新聞『十字路』

石油価格と中国

石油価格を決定する主要因は需要である。供給は、短期的にはともかく、長期的なトレンドを形成することはできない。1980年代と2008年以降と、原油価格は2度暴落しているが、いずれも原油の増産が原因ではない。需要が落ちたからだ。逆に2000年代初頭の価格上昇の背後には、中国を先頭とした新興国需要の急増があった。

今世紀に入ってからの世界経済の成長は、中国によってけん引されてきた。工業生産額(10年価格・世界銀行)でみると、00年から15年にかけて、世界全体では13.2兆ドルから19.4兆ドルと6.2兆ドル増えたが、そのうち中国は0.8兆ドルから4.1兆ドルへと約3.4兆ドル増え、全体の増加分の55%を占め、この間、ドイツ、日本、米国を一気に抜き去ってしまった。

セメントの生産量でみると、01年の6億トンから15年には23.5億トンと4倍の増加だ。20世紀の米国の生産量が43億トンだから、中国は2年で米国の100年分を生産したことになる。鉄鋼などもそうだが、この過剰生産、過剰設備をみると、中国の生産活動がこれから大きく落ち込むことは避けられない。

 こういった中国の急成長の下での石油需要を振り返ってみると、00年から15年にかけて、世界の石油消費量(BP統計)は日量7700万バレルから9500万バレルへと1800万バレル、年率1.4%増のペースで増加した。中国の場合は470万バレルから、1200万バレルへと730万バレル、年率6.4%増の勢いで、全体の増加分の41%を占める。この消費量が、これから長期にわたって大きく落ちてくるはずだ。

先進国の消費量が好不況にかかわらず、落ち続けている中では、産油国による減産合意の効果も一時的で、モノの世界のデフレは続いていくだろう。消費主導型の経済を目指す先進国にとって、これは朗報である。

2016 / 09 / 07  00:00

新聞掲載情報

2016年9月7日 日本経済新聞『十字路』

金利は実体経済が決める

金融市場の方向を決定するのは、実体経済である。経済が成長力を取り戻し、物価が上昇してくれば金利は上昇する。経済が不況化し、物価が低迷を続けると、一般的な金利水準は低位安定を続けても信用力の低い社債から利回りが上昇する。デフレ経済の下では、企業のデフォルトが増えていくからだ。当然、銀行の不良債権も増加していく。

リーマン・ショックまでの世界経済は、米国の消費と中国の投資にけん引されてきた。1990年代以降、旧共産圏が市場経済に参加し、グローバリゼーションが加速した。先進国の企業が安い賃金を求めて中国に投資し、その生産物を米国が輸入して消費するという関係である。米国製造業の雇用は中国にシフトし、代わりに低賃金のサービス業の雇用が拡大した。

 賃金上昇が抑制された米国では、消費の伸びを支えるために、家計の債務が急増し、所得の伸びを超える消費ブームがもたらされた。中国では、投資が異常に拡大して、資源価格の高騰をもたらしただけでなく、低価格商品の輸出の急増で、米国の消費者の購買力を増す一方で、デフレ圧力を加えていった。

中国が投資ブームの結果、過大設備と過大債務の問題を抱え込み、成長率の急激な低下に見舞われ、米国では消費ブームの下で生産性の上昇率が大きく下がり、両者共に富を生み出す力を失ってきている。米国は生産性を上げるための投資を、中国は過剰投資から消費へという構造調整を求められることになったが、実際には、金融、財政を極限まで使った需要政策で、米国は消費を、中国は投資を刺激し続けている。

これでは、世界経済の成長は望めず、デフレ的傾向は続かざるを得ない。債務問題がもたらす信用リスクと先行き不安からくる長期金利の上昇が、中央銀行の思惑を超えて、顕在化してくるだろう。

2016 / 08 / 09  00:00

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2016年8月9日 日本経済新聞『十字路』

なぜ消費不況なのか

日本経済低速の主因は消費である。超低金利政策と円安による企業収益の改善が設備投資を増やし、その波及効果で消費が活性化するというシナリオが成立しなかったのである。また、金融緩和政策による株高も、消費に波及せず、所得と資産の格差を拡大しただけに終わっている。

消費不振は国際比較に鮮明だ。今年の第1四半期までの3年間の消費の伸びは、マイナス1.2%(実質)と主要先進国のなかで唯一のマイナスだ。米国は8.2%、欧州連合(EU)は5.1%伸びている。結果的に国内総生産(GDP)成長率は米国の6.7%、EUの5.1%に対して、1.4%にすぎない。

消費不振の第1の要因は、賃金の落ち込み、労働分配率の低下である。米国とは全く逆だ。雇用は伸びたが、低賃金の非正規労働の比率が一層高まってきている。

第2は、金利政策による家計から政府、企業への所得移転だ。老後に備えた膨大な貯蓄がリターンを生まない。政府は低金利の下で放漫支出を続け、企業は対外投資はしても、国内ではしない。また、円安政策は円建ての企業収益を増やしても、家計の実質購買力を減少させる。

相次ぐ経済対策が失敗してきたのは、企業が先行して事後的に家計が良くなるという波及が起きてこないためだ。グローバル化した経済では、企業の投資の選択肢は国内だけではないのだから、順番は逆でなくてはならない。先ず家計が富み、それが企業に波及して行くコースだ。

そのためには、先ず金利を引き上げ貯蓄のリターンを回復し、円高によって家計の購買力を増やしていくという逆の所得移転が必要だ。それによって、消費が活性化し、国内産業が回復していくというサービス化経済で必要な仕組みが整ってくる。第三の矢というが、必要なのは金利と為替の正常化なのである。

2016 / 07 / 07  00:00

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2016年7月7日 日本経済新聞『十字路』

供給サイドの改革へ

世界経済の低迷をもたらしているのは、生産性の傾向的低下である。労働力不足が原因ではない。先進国が需要政策にかまけているなかで、供給サイドの劣化が着実に進行していったのである。超金融緩和政策の長期化が、大きい政府と経済構造の硬直化を推し進めた結果だ。

量的緩和を中心とした今回の金融政策の特徴は、資金を民間部門から政府部門へシフトさせるところにある。資本規制が強化され、民間銀行が積極的に貸し出しができないなかで、中央銀行が国債購入を通じて政府部門へ資金を流し続けて行くからだ。

日銀が異例の金融緩和政策を始めた2013年4月以降の3年間で通貨供給量(M3)は100兆円増えたが、このうち日銀が供給するマネタリーベースは228兆円も増えた。結果的に民間金融機関の供給するマネーは128兆円減少している。

これを映して、12年度から15年度にかけての3年間で、国内最終需要(05年価格)は5.2兆円(年率、0.3%)増えたが、このうち政府部門が4.3兆円増えた一方、民間部門は1兆円しか増えていない。金融政策が民間経済を委縮させてきたのである。

官主導の大きい政府の問題は、市場経済に依拠する民間部門を縮小させ、イノベーションや企業の新陳代謝という市場の持つ本来の役割を殺してしまう。米国でも生産性低下は著しく、今年の生産性上昇率はマイナスになるというコンファレンスボードの予測発表後、「生産性」が経済論争の中心になりつつある。

財政や金融による需要政策の行き詰まりから、供給サイドの改革の必要性が認識され始めたのだ。サービス経済にとって必要なのはスモールビジネスが活躍できる市場経済である。英国のEU離脱問題も、ブリュッセルの官僚体制に対する反発、という側面を見落としてはならない。

2025.07.18 Friday